バンコク二日目の朝7時、私はホテルのすぐそばにあるツアー会社のオフィスに向かった。
そのツアー会社は日本人が経営しており、日本人のスタッフがいるということで、前日の昼間に行ってツアーの申し込みをしていた。
申し込んだのは、バンコクの北にあるアユタヤ見学ツアーと、隣国カンボジアのシェリムアップにあるアンコールワット見学ツアーである。
最初はバックパッカーがツアーに参加するというのも変かもしれないと思ったが、話に色々と聞くと、アユタヤもアンコールワットも個人で回るのが難しく、一人で右往左往して疲れるよりかは、現地発のツアーに参加して効率よく見て回ったほうがいいと判断したのだった。
というわけで、7時集合との指示を受けて非常に頑張って起き、7時ちょうどにツアー会社の前に行ったものの、オフィスは開いておらず、係の人も誰もいない。
すぐそばで欧米人連中が朝のお茶代わりにビールを飲んでいるのを横目で見ながら、もしかして集合場所を間違っただろうかなどと不安になりながら待っていると、ツアー会社のタイ人のスタッフは、7時半になってから何事もなかったかのように現れ(そういえばここは東南アジアだった)「何をしている。早く行くぞ」という素振りで、私や他の人々を車まで誘導するのだった。
そのままツアー会社のバンに乗り込むと、日本人も何人か乗り込んでいた。
将悟くんと同じく大学の学園祭期間を利用してやってきたという和宏くんにヒロアキくん、立川在住の萌さん舞依さん、元日立製作所所員で現在は弁理士のキモトさん(犬の写真大好きな女性で、遺跡の写真よりひたすら現地の犬の写真を撮りまくっていた。面白い人である)。
アユタヤに到着すると、一行はツアーガイドに案内されながら、仏教寺院の遺跡を見て回った。昔ブッダの遺骨が収められていたという寺院跡や、木の根元に埋め込まれているブッダの頭部の石像、そして世界で三番目に大きいというアユタヤの寝釈迦像に詣った。
アユタヤの寝釈迦像と言えば、格闘ゲームの「ストリートファイターⅡ」のキャラクター、サガットのステージとして我々の世代にはお馴染みで、これを見に行くのが楽しみだったのだ(ちなみに、今の大学生にサガットステージと言ってももう通用しない。話をしても「何のことすか?」という反応が返ってくるだけである)
さっそく、寝釈迦像の目の前でサガットの必殺技ポーズを作って写真を撮ってもらおうとしていたところ、そこにいきなり「リュウ役をやりたい」と言って飛び込んできた人があった。
福岡県の粕屋郡出身の智さんという男性である。さっそく彼に波動拳のポーズを作ってもらって、ようやく再現することに成功した(まったくもってくだらない遊びだが、こういうくだらないちょっとしたことが意外といい思い出になったりするものだ)。
最後の記念にみんなで象の背中に乗ると、元着た道をバンで戻ることにした。バンの中で、せっかく会ったのだしムエタイでも見に行きましょうか、と智さんを誘うと、萌さんが「ニューハーフショーもおもしろいらしいですよ」とパンフレットを見ながら言った。
そこで、急にムエタイからニューハーフショーに興味が移ってしまったうえ、和宏くんの「俺の先輩もニューハーフショーがおすすめだって言ってました」との言葉に、急遽ニューハーフショーを見に行くことにした。
萌さん舞依さんキモトさんと別れ、カオサンで男性陣4人が待ち合わせして集まると、さっそく目的のカリプソ・ショーが行われるというエイジアン・バンコク・ホテルに向かったが、そこで何か様子がおかしいことに気づく。
ホテルの入り口で、「カリプソは9月に別の場所に移転した。ここのショーは小さい。カリプソはここでチケット買えるしそこまで送ってやる」という強引な客引き風のタクシードライバーのオジさんと、「カリプソとは違うけど、同じショーがここでもやってる」というホテルマン風の男性二人が突然現れたのだ。
どう見ても怪しいのはタクシードライバー風のオジさんである。しかし、「カリプソは移転した派」の係の人も、ホテルのロビーの一角にコーナーを設けて受付らしいことをやっている。「ここで金を払えばタクシー代タダで今すぐ連れて行くよ」という相変わらず強引なオジさんを横目に、四人は「何だかこのオジさん怪しくないすか。強引だし」「でもカリプソは移転したみたいなんだよなぁ」「カリプソでなくてもここでもいいんじゃない?」などと喧々諤々と話し合ったすえ、ヒロアキくんが彼らを「わかった。ただしちゃんと目的地まで連れて行かなかったらカネは返してもらうぞ」と脅しつけた末に、ようやく四人はタクシーに乗って移動することになった。
タクシーは、ホテルを慌てて出発すると、突然高速道路に乗り付ける。車内では「やっぱりなんかこのオッサン怪しいですよ。20分って言ってましたよね。20分で着かなかったらボコりましょう」などと不穏な話し合いが持たれる。
結局、タクシーは渋滞に巻き込まれて40分もかかりながらも、それでも目的地の真新しいショッピングモール・エイジアンティークに到着した。そこにはカリプソ・ショーのブースがきちんと設けられており、結局のところ、オジさんは詐欺師でもなんでもなかったことが分かった。
そうして散々もめながらも、ニューハーフ・ショーは始まった。
ニューハーフ・ショーは日本にもあるが、一度も行ったことはなかった。雰囲気が怪しいし、そんなところには行きたいと思ったこともなかった。
ところが、タイのニューハーフ・ショーは、そんな気持ちはどこかに吹き飛ばすほどの、物凄いパワーを秘めたエンタテインメントだった。
ニューハーフたちの、己の全身全霊を賭けたような、力強い演技。妖艶なセクシーさの中に、あっけらかんとした楽天的な楽しさがあふれる。そして、美しさを計算し尽くした演出。
美空ひばりの『川の流れのように』にのせて踊られる美しい演技の余韻を、容赦なくギャグパートに落としこんで観客を盛り上がるおかしさ。
全てが素晴らしい舞台だった。何より、彼ら(彼女ら)は美しい。
きっと、彼らにしかわからない世間からの偏見や圧力にもめげず、楽天的に、どこまでも美の追求を怠らなかった努力がこのショーを生み出しているのだ。
西尾維新の「偽物語」にこんな言葉がある。『偽物故に、きっとなによりも本物に近い彼女たち』。まさに、彼女たちこそがそれだ。
ショーが終わってから、どうしても記念写真が撮りたくなって、ギャグパート担当の青いドレスの彼女と記念写真を撮ってしまった。
ショーが終わって、どこかすっきりしたような気分でカオサン・ロードに帰った。非常にいいものを見れたという満足感に包まれていた。もちろん他の三人の心境はわからないけれど、あの様子では自分と同じ気持ちだったと思って間違い無いと思う。
タイのニューハーフショーは、素晴らしい。
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