バガンに向かう飛行機は、またもや早朝便である。いい加減早朝に起きることにも少しずつ慣れてきつつあり、私は朝早く起きると、食事を取る暇もなくホテルを後にした。
ヤンゴン空港に向かうと、事前に便を予約しておいた会社、エア・マンダレーのチェックインカウンターを探したが、チェックインカウンターには誰もいない。そこで空港の職員らしき人に声をかけてみると、
「エア・マンダレーは出発済みだよ」
「別の飛行機を手配してあげよう」
ということになった。おかしい…。まだ飛行機の出発時間の1時間前なのに、もう出発済みときた。しかも、簡単に別の会社の飛行機に変えてくれるというこのイージー・ゴーイングっぷりにも驚かされる。
しかし、ここは日本ではない。もう、細かい事をいちいち気にしないことにも慣れてきつつあった。
「現金で121ドル。持ってる?」
「現金? カードで払えませんか?」
「現金だけだね」
「…分かりました。チャットでお願いします」
「チャットか…OK、両替するから出して」
この時、ふと自分が少々マズい事になっているのではないかということに気づいた。
考えてみれば、エア・マンダレーのHPで予約した時にも、カードの番号を入力したりといった支払いの作業は一切行なっていなかったのだ。とすれば、当然、飛行機に乗るときには、チェックインする時に現金で支払うしかないということになる。
前日、カードで支払いができないというのでATMからお金を降ろしたわけだが、ATMに屯していた男たちの好奇の視線に耐えかねたのと、ATMから出てきたチャットの札束のものすごい厚み(1万円札だとしたら、100万円分くらいの厚みがあった)に目が眩んだのもあって、一度降ろしただけで満足してホテルに引き返してしまったのである。
…まてよ、そういえば、ヤンゴンに戻る帰りの飛行機のチケットも、現金で支払わなければならないはずだ。
それに、首都でつい数日前に初めてサービスが開始されたATMが、バガンなどという田舎の町に備わっているわけがない。
とすれば、ヤンゴンに帰るまでの間、チケット代の現金をキープしなければならないのでは?
「………」
これは、マズいことになったのではないか。金はどこで使うことになるか分からない。しかしもう、ここまで来れば後は行くしかなかった。
「日本の方ですよね? ホテルがどのへんにあるのかわかりますか?」
途中の機内で、日本人の女性が声をかけてきた。トモコさんはアメリカに在住しておられ、アメリカ人の旦那さんとミャンマーで2週間滞在する予定とのことだった。
「この三本の道路を結んだ三角形の地域に遺跡が沢山あるそうです。ホテルはオールドバガン地区にはないそうで、ニャウンウーかニューバガン地区になるらしいですよ」
などと情報交換をし、知っているホテルの名前を伝えると、どうせだからタクシーをシェアして一緒にホテルを探しに行こう、ということになった。
バガンの空港に到着すると、三人は空港の観光案内所に向かった。朝早い便だから、ホテルの空きが取れるかもしれない。何はともあれ、宿がとれなければ観光どころではないのだからと、三人は観光案内所のお姉さんに頼み込み、片っ端からホテルに当たってもらうことにした。
トモコさん夫婦のホテルは、案外あっさりと決まった。少し高めのホテルなら、空きがあったようだ。私は、現金をなるべく減らしたくない思惑もあって、別の宿を当たってもらうことにし、トモコさん夫婦は一足先にタクシーでホテルに向かっていった。
「今はなかなか無いのよ…」と、お姉さんは片っ端から宿に電話で確認を取っていく。
「一日に7000人の観光客がバガンに来るのよ。でも、バガンには部屋が2600部屋しかないの。ホテルが足りないのよ」と、別のお姉さん。
…ちょっと待てよ。2600部屋しかないってことは、仮にそれが全部ダブルベッドで全部入れたとしても5200人だ。勿論、そんなわけには行かないし、何日も泊まる人も当然居るわけだから、一日に数千人の人が宿にありつけずに立ち往生するということになるのではないか。
「宿に泊まれなかった人は、どうするんですか?」と聞くと、
「空港で寝てるわね」とお姉さんは答えた。
空港は小さくてとても数千人を収容できるようなスペースはないし、すべての人が空港に泊まりにやって来るわけはないとしても、たぶんかなりの人が一夜を空港で明かしているのだろう。ヤンゴンでもそうだったが、ミャンマーの深刻な宿不足の現実をまざまざと見せつけられた思いがした。
やがて、何十回も電話をかけ続けてくれたお姉さんが、とうとう一軒の空室を発見してくれた。私は、思わず「ありがとう。あなたは天使だ!」と手を握り返してしまった。
タクシーで空港を離れて道路を走っていると、風景はがらりと変わって、まるで自分がアフリカのサバンナの中を横断しているような雰囲気になってきた。
「あれがオールドバガンだよ」
「おお!」
そのサバンナの向こう側に、遺跡の群れがポツポツと姿を現し始めた。
遺跡。
まるで、あの付近一帯が全て遺跡だとでも言うかのように、どこまでもあちこちに遺跡が連なっている。
「…なんだここは…」
それとともに、ニューバガンに入ると更に驚かれた。グーグル・マップの地図上では、一見、碁盤の目状に道が整備された綺麗な町並みがあるように見えていたが、実際のニューバガンは、道路など舗装されておらず、道路上に砂埃が一日中舞い上がっている、おおよそ日本人の考える町とはかけ離れた場所だったからである。
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