2012年10月18日木曜日

誓約書(第1日目)

フィリピンへの語学留学を終えてから一ヶ月、ついに世界一周の旅を始めた。
どこまで行けるのか分からないが、一生に一度あるかないかの機会である。やれるだけのことはやらなくてはならない。

そう思ってはみたものの、人間とは不思議なもので、世界一周がいざ目の前に差し掛かると、どうも調子が乗らないからもっと後で出発しようとか、準備が済んでいないからもっと後で出発しようとか、そういう気持ちが心の中から湧きだしてきていた。
会社員時代、何年間も、毎日のように夢見てきた旅路だというのに、である。
この一ヶ月、日本の生活にすっかり馴染みきってしまい、ついつい毎日ダラダラと過ごす日々が続いていたせいかもしれない。あるいは、本来の性格がそういう後回しタイプの人間だからか…。

いずれにしても、こんなことではいけないと思い、出発日を無理やり決めてしまった。
フィリピンで語学留学していたネグロス島のバコロド市。そこで、10月19日からマスカラフェスティバルというフィリピン第一のお祭り(のハイライト)がある。
留学していた頃から、見てみたいとずっと思いながらも、とうとう果たせずに帰国してしまった。
それを見てやろうというのである。

語学留学したばかりの街に、一ヶ月と経たず戻ってくるというのはどうなんだという気持ちはある。実際、留学先の日本人スタッフの人に、一年ぐらいしてから戻ってきてくれたほうがこっちも安心するわと冗談を言われたりもした。
とはいえ、見たいというのだから仕方がない。小田実じゃないが、『何でも見てやろう』という位の気持ちでいたほうが、日本に戻ってくる頃により多くのものを得られるはずである。

ところが、初日から旅は波瀾の幕開けを迎えた。
バックパックを抱えて函館空港の国際線ロビーにたどり着き、椅子に座って一息ついて、印刷しておいたコリアンエアのチケット控えを取り出したら、何か違和感がある。
よく見ると、函館から韓国のインチョン、インチョンからマニラへ一日のうちに飛ぶ予定になっていたはずが、インチョンからマニラまでのフライトが明日の朝のフライトになっていたのだ。
いきなり、ホームラン級のボケを披露してしまったことに狼狽し、慌ててチェックインカウンターでフライトを変えてもらえてないかと掛け合ったが、今日のフライトは満席だ、ということであった。

しかも、問題はそれだけに終わらなかった。どうしようかと考えていると、受付の女性が深刻そうな顔で私のパスポートとチケット控えを見つめている。
「何か問題でも?」
そう聞くと、女性は「帰りのフライトがありませんが…」という。
「それで合ってますよ。ここには帰らずに、フィリピンからまた別の国に移動するんです。フライトはまだ予約してないですけど」というと、女性は「そうなんですか…」と言いつつ、何かの用紙を取り出した。
紙には、「誓約書」なる文言が書かれている。
「何ですか、これ?」
「フィリピンのビザをお持ちでないので、誓約書を書いていただかなければなりません」
ビザ? ビザってなんだ? 今回は一週間もフィリピンに居ない予定のはずだ。ビザなんて必要ないはず。帰りのチケットがないとフィリピンには入国させてもらえないのか? そんな話は聞いたことがない。
「そんなに長くいる予定ではないので、ビザはもともとないのが普通のはずですが…」
「いえ、書いていただくことになっておりますので…」
PHビザ未所持。ビザを所持していないことによるいかなる損害も大韓航空に請求しないことを誓約致します…云々と、不穏な言葉がこれでもかと並んでいるが、サインをしないと乗せてもらえないということなので、仕方がなくサインした。

それでも、インチョン国際空港には定刻通りに到着した。
急遽トランジットホテルを取り、そこに投宿。本場のビビンバはこれでもかというほど美味しかった。
そうして今これを書いている。旅はまだ始まったばかりだ。

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