ほんの2年前、アラブの春の革命によって独裁政権が崩壊したエジプト。ニュースでは、大規模な騒乱の映像が連日放送された事は記憶に新しいが、その後の報道では全てが一件落着したわけでは全くなく、現在に至ってもなお、騒乱の火種が燻っていると報じられている。
一方エジプトは、大人気の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第三部の舞台となったロマン溢れる国でもあるのだ。
そんなエジプト、現在はどうなっているだろう。ソマリランドでの強烈な体験を終えたのち、私はアディスアベバを経由して、一路エジプトはカイロに飛んだ。
『ジョジョ』では、主人公一行はサウジアラビアの砂漠を横断した後、紅海を潜水艦で横断し、アスワン近郊の海岸に上陸した(それって密入国?)後、ナイル川に沿ってアスワン→ルクソール→カイロとエジプトを北上する旅をしたけれども、今回の私は、勿論合法的に飛行機で、危険なスーダンを飛び越してカイロに辿り着いた。カイロ空港に降り立ったのはもう深夜になってからのことで、私はしかたなく、タクシーを使って宿に入ることにした。
空港ロビーでタクシーを探すと、すぐに怪しい男がタクシーに乗らないかと迫ってきた。私は男があまりにしつこい(荷物を回収するまで待とうと、ぴったりくっついてくる)のが気に食わず、男を無視することにしたが、荷物がベルトコンベアに乗って現れた丁度いいタイミングで、男の携帯電話が掛かって来て、男は誰かを話しながら遠ざかって行った。
チャンス! 私はバックパックを背負うと、すぐにその場を後にし、男を撒くことができた。
ロビーに出ると、ロビーにタクシーのカウンターがある。タクシーは、きちんとしたところで頼まないと、トラブルのもとだ。
「この住所のとこまで行きたい」
「OK。じゃあ、付いて来て」と、受付係の男が私をタクシー乗り場まで誘導し、一台のタクシーを示した。
「これに乗ってくれ。運転手の彼は俺の友達なんだ」
へえ。
「ところで私はツアーやホテルの手配もしているんだが…。ツアーやホテルが必要なら是非連絡してくれ。格安のホテルを手配するから…」
などと、名刺を横しながら、彼は予約していたホステルの4倍の価格の「格安」ホテルを紹介してきた。まったく油断も隙もない。もちろん、頼るつもりはまったくなかった。
彼が「友人」の運ちゃんに目的の宿の行き方をメモ用紙に書いて手渡すと、タクシーはカイロ空港を出発した。
(それにしても大都会だ)
もちろん、ドバイのような現代的な大都市というわけではないけれども、首都だけに道幅も広く、建物もヨーロッパ風の、古い建物がぎっしり立ち並んでいる。合計6日間も滞在したソマリランドの風景に目が慣れていたせいか、風景の変わり様に目が驚いてしまっている。
交通事故で群集が騒いでいる脇をすり抜けると、タクシーは、先のエジプト革命の中心地にもなったタハリール広場の付近に差し掛かった。
ところが、そこから運ちゃんの様子が怪しくなり始めた。あちこちをキョロキョロしたり、同じ場所を行ったり戻ったり、車を停めて人に道を聴き始めたりしている。でもさっき、受付係の兄ちゃんに道順を紙に書いて教えてもらっていたじゃないか。あれで分からないなら、なんであの友だちに確認しないんだろう…。
それからも十数分間、あちこちをウロウロしたが、結局運ちゃんは道が分からなくなってしまったらしく、車を停めると後ろを振り向いて「ホテルの電話番号は?」と聞いてきた。
「えーと、これだけど?」
と、私はスマホのメモ帳を見せる。
「そうか。ちょっと自分の携帯で掛けて…」
(ええー…あんたので掛けてくれないのかよ、しょうがないなぁ)
携帯でホステルに連絡すると、ホステルの受付の男性が出たので、運ちゃんに代わった。運ちゃんは、携帯でホステルとああでもないこうでもないと話をしながら、運転を続けるのだが、説明がうまく伝わっていないのか、電話がなかなか終わらない。
(おいおい、早めに切ってくれよ! その携帯、緊急連絡用で物凄く通話料高いんだぞ)
私は運ちゃんがダラダラ話すのをイライラしながら聞いていたが、結局通話は十分近くかかってしまい、ようやくタクシーがタハリール広場近くにあるホステルに辿り着いたのも、それから更に十分以上かかってからのことだった。
目的地に着いてから、タクシーを降りて荷物を背負って歩き出そうとすると、運ちゃんが私を引き止めて、何やら物欲しそうな目で私を見つめてきた。
「何か?」と聞くと、彼は「お金がまだなんだけど…」と言う。
「お金? 運賃なら君の友達に100ポンド払ったよ。見てただろ?」
「いや、運転手の代金は別なんだ」
「……」
ソマリランドを離れて、深夜3時過ぎにクタクタになりながらようやくカイロに辿り着いたばかりだというのに、私はまたしてもタクシーにタカられている。せっかく、空港で怪しい男の追跡を振り切って、きちんとしたタクシーを選んだはずだったのに、どうしてこう途上国のタクシーというのはトラブルばっかりなんだ。私はまたムカムカしてきた。
「知らないよ。君の友達は100って言っただろ。もう払ったよ」
「いやいや、待ってくれ!!」
「じゃあな」
無視して行こうとすると、ホステルの受付係の兄さんが騒ぎを聞きつけたのか、階下に降りてきて二人であれこれ話をし始めたが、私は構わずホステルに入ることにした。
また例によって、背後から「ウェーイト!」という声が聞こえてきたが、これまでにもあちこちで似たような経験をしてきた結果、私はもうそんな声に貸す耳は持たなくなっていた。なんだか、すっかり自分が心の狭い人間になってしまったようで、虚しい。
ホステルの受付で受付係の兄さんを待っていると、彼は運転手を何とかして帰したのか、一人で戻ってきた。
「色んなとこ行ったけど、どいつもこいつも日本人を財布と勘違いしてるんだよ!」
「いや…そんなことはないが…」
彼はくだを巻く私に困ったような顔をして、チェックインの手続きを始めるのだった。
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